自分探しの旅で自分は見つからない

 

若くて元気が有り余っている学生は、「自分探しの旅に出たい」と思うことがあるかもしれません。自分探しが目的でお遍路に来る若者も一定数いると思います。

 

また、世界中をバックパックだけで旅行したりヒッチハイクをしたりすることは、まさに自分探しと言う言葉が似合います。

 

しかし、最終的に自分探しをする人は自分を見つけることができるのでしょうか?

 

異国の秘境に探し求めていた自分を発見したり、各地で知り合った人から探し物を受け取ったりと言うことはあり得ません。

 

探している自分を見つけるのは自分しかいないからです。問題は自分の中にあるのです。

 

そうはいっても、バックパッカーやヒッチハイク、お遍路を否定するわけではありません。この様な経験は新鮮な気づきを与えてくれます。

 

しかし、この世界に憑りつかれて何年間も世界を放浪し、お遍路を何周も繰り返すことは少しズレています。明確に自分は何者であるか、何をしたいかと言うことが分からない人は、ハマってしまう可能性があります。

 

自分探しで自分は見つからない

理想とする自分と現在の自分のイメージが違うために悩み、様々な解決方法を考えます。その内の一つに自分探しで旅に出ることがあります。

 

自分探しをする人はバックパックだけで世界中を旅したり、ヒッチハイクで各地を巡ったりすることが王道です。お遍路も自分探しの一つとなっています。

 

しかし、多くの若者は勘違いをしています。

 

「旅のどこかに答えがある」と思っている部分が有ります。バックパックを持って出かければ、どこかに解決策が見つかるのか。それは不可能です。

 

何か不満を持っているあなたの「何か」を正確に理解して助言してくれる人はいません。つまり、自力で解決する必要があります。

 

では、自分探しの考え方についてお話しします。

 

自分探しで重要なことは「視野を広げる」ことです。

 

毎日過ごしている現状から離れることで、初めて気づくことが沢山あるということです。

 

つまり、自分探しは答えを探すのではなくヒントを探しに行っているのです。結局、解決できるかどうかは自分次第。しかし、行動範囲を広くし、異なる価値観に触れて視野を広げれば、それまで思いつかなかった解決策が思いつくようになります。

 

そのため、時間のある学生なら1度は自分探しの旅に出かける事をお勧めします。若いときの経験は、その後、自分の行動の基準となるからです。視野を広げて行動も広がることに繋がります。

 

自分探しにハマるのはナンセンス

世界を旅する事、お遍路を巡る事など、自分探しの魅力にハマってしまう事があります。そういう人は「視野を広げる」ということを通り過ぎて、憑りつかれたように旅を続けます。

 

また、お遍路は仏教と深く関連しているため、仏道に入るという考えが生まれるかもしれません。人生経験が浅い若者は何色にでも染まる可能性があります。

 

旅を続けることや仏教が人生最大の目標であると決めることができるなら問題ありませんが、「何か」を探し求めているのであれば、自分探しの旅は程々にした方が賢いです。

 

先ほども述べたように、自分探しで明確な答えは見つかりません。自分探しの旅は視野を広げることができればそれで終了。次の段階に進む準備と言うことです。

 

自分探しに失敗したら 

少し旅をしたくらいで、心のモヤモヤガ晴れ渡るということは珍しいケースです。何も得られなかったと感じて家に帰ってくることが多いと思います。

 

しかし、その経験は無駄ではありません。

 

気づきが訪れるタイミングと言うこともあります。卒業後に働きだしてから気づくかもしれないし、家族ができてから気づくかもしれません。

 

答えが出るまで自分探しを続けるのではなく、次の段階に進んでしまいましょう。

 

例えば、歩き遍路のように人生において大きな経験をしたのなら、その経験は決して無駄にはなりません。歩き遍路を決心した決断力、全て歩きで巡った忍耐力、人とのふれあいなど気づかない部分で成長するからです。

 

自分探しの旅から帰った時は、一度納得してください。また、その経験は見えない部分で自分が変化しているということに気付くことが必要です。

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