お遍路の服装:白衣に込められた意味

 

四国八十八ヶ所を巡るお遍路は弘法大師・空海を信仰する人々によって継承され、1200年以上続いています。四国で金剛杖、白衣、菅笠の格好を見ればお遍路さんだと認識されます。白衣(びゃくえ)は観光バスのお遍路さんでも身に着けているほどメジャーです。

 

白衣は文字通り白布で作られた衣装で、1番札所の霊山寺やネットショップなどで販売されています。白衣を着て歩くと一目でお遍路さんだと認識されるため、道を間違えていると教えてくれたりお接待を受ける機会が増えます。

 

白衣を着ることで自分がお遍路さんだというアピールになります。また、白衣にはお遍路に関する意味合いも含まれています。

 

 

お遍路さんの白衣は死装束
日本において仏式で葬式を行う際、故人は白装束を着せられて棺桶に納められることがあります。同様に木製の杖や編み笠も棺桶に入れられます。

 

お遍路さんの着る白衣も死装束としての意味が込められています。それは、険しい遍路道の道中で息絶えても成仏できるように死装束を着ているのです。また、死装束で巡礼するお遍路さんは浄土(聖なる世界)へ歩いていることを示します。

 

現在のお遍路では旅の途中で息絶えるような危険性は少ないですが、現世において功徳を積み重ねてご利益を得ようとする人は修行者の正装として白衣を着ています。

 

当然、仏教や弘法大師に対して信仰心のない人は仏教的な意味で白衣は着ません。しかし、お遍路さんスタイルを身にまとうことでお遍路をしていると実感できます

 

白衣が着られるようになった歴史
1200年の長い歴史のあるお遍路で、白衣はどのくらい歴史があるのでしょう。実は白衣の歴史は浅く、お遍路に定着したのは昭和初期ではないかと考えられています

 

弘法大師・空海が生きた時代は八十八ヶ所の札所は指定されておらず、お遍路の概念はありませんでした。自然豊かな環境で精神を鍛えることが目的で修行僧は四国へ来ました。

 

後に、弘法大師を信仰する人々が、彼の足跡をたどるように巡礼を開始しました。また、江戸時代になってからは弘法大師信仰に加えて観光目的のお遍路さんも増えました。

 

しかし、江戸時代のお遍路さんには決まった服装はなく、白衣とは限りませんでした。これは「近世風俗志」という書物に記載されています。

 

修行僧や先達でない一般のお遍路さんが白衣を着るようになったのは1940年の書物に記録が残っているので、昭和の初めだろうと考えられています。なお、白衣がお遍路に普及した理由ははっきりと分かっていません。

 

お遍路で使った白衣を自分の葬式で着る
お遍路で使用した白衣は持ち帰る人が多いですが、最後の札所に奉納する人もいます。これは白衣を脱ぐことで俗世への復帰を表すとされるからです。また、各札所で白衣に朱印をいただく人もいます。

 

お遍路をともに巡った白衣や88個の朱印が押された白衣は巡礼の功徳を表しています。そのため、自身が棺桶に入るときに朱印を押された白衣を死装束として着て冥土に旅立つ人もいます

 

ちなみに、白衣に朱印をもらうことを考えている人は、着衣用と判衣用の2つの白衣を購入すると便利です。

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