四国霊場 第81番札所 白峯寺:崇徳天皇の怨霊が眠る

四国霊場 第81番札所 白峯寺:崇徳天皇の怨霊が眠る

基本情報

名称

陵松山 洞林院 白峯寺

名称(読み)

りょうしょうざん どうりんいん しろみねじ

本尊

千手観音菩薩

駐車場

あり(無料)

宿坊

あり(団体のみ)

 

香川を東西に分ける台地、五色台の白峯山に81番札所 白峯寺はあります。また、この札所には天皇御陵があることで有名です。

 

天皇御陵とは天皇のお墓のことで、白峯寺には第75第崇徳天皇が眠っています。通常、天皇御陵は都の近くに置かれ、奈良・大坂・京都などの畿内や東京に多くあり、四国ではここだけ。なぜ、香川県の山奥に崇徳天皇のお墓はあるのでしょう。

 

 

白峯寺の見どころ
・七棟門(しちとうもん)
頓証寺殿(とんしょうじでん)
・白峯御陵

 

白峯寺の山門は七棟門と呼ばれています。山門の造りをよく見ると、屋根が左右に2パーツずつ分かれていることに気づきます。中央と合わせて7つの棟があるためそう呼ばれています。

 

七棟門を抜け、しばらく参道を歩くと勅願門が見えてきます。この門をくぐると頓証寺殿(とんしょうじでん)に行くことができます。

 

ここには崇徳天皇の御陵を守る御廟所(ごびょうしょ)であると同時に、十一面観音と日本八天狗の1つである相模坊大権現が祀られます。

 

勅願門をくぐらず、左に進むと白峯御陵に行くことができます。御陵は杉の木に囲まれ、ひっそりとした雰囲気が漂います。

 

 

日本三大怨念に数えられる崇徳天皇
なぜ、崇徳天皇(すとくてんのう)のお墓は都から離れた香川にあるのでしょう。そこには悲しいヒストリーがあったのです。

 

崇徳天皇は平安時代に生まれ、天皇の位につきました。しかし、当時は天皇が実権を握らず、引退した上皇や法王が政治を動かすことが多くありました。そのため、崇徳天皇はほとんど何もできないまま天皇を引退させられ、上皇となりました。

 

上皇となり自分の政治ができると思ったとき、当時の天皇、後白河天皇と権力争いになり、保元の乱がおきてしまいました。この権力争いに負けた崇徳天皇は香川に罪人として島流しされたのです。

 

権力を奪い合う朝廷のなかで、あまりにも理不尽な扱いを受けた崇徳上皇は香川で仏道に入り写経をするなど、ひっそりと暮らしていました。

 

反乱を起こした反省と戦死者の供養のため、写経をして京都の寺に納めてほしいと朝廷に差し出したところ、破り捨て送り返されました。

 

こうなると、怒り大爆発。

 

崇徳上皇は「大魔王(天狗)となって天皇の位をはく奪させ、一般人を天皇とする」と宣言し、死ぬまで呪い続けたと言われます。また、爪や髪を伸ばし続け、生きながら天狗になったとも伝わります。

 

その後、不吉なことが起きると崇徳天皇の怨霊の仕業だと言われるようになり、現在は菅原道真、平将門と並び、日本三大怨霊に数えらます。

 

 

札所の歴史
弘仁6年(815年)、弘法大師が白峯に宝珠を埋めて井戸を掘り、堂宇を建立したのが寺の始まりとされています。後に大師の甥である智証大師が瀬戸内海を流れていた霊木で千手観音を刻み本尊としました。

 

 

本尊
本尊は寺の中心的な仏様で本堂に祀られています。白峯寺では千手観音菩薩が本尊として祀られています。智証大師の作として伝わり、人々を災難から救う「身代わり観音」として信仰されています。

 

 

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