四国霊場 第75番札所 善通寺:弘法大師生誕の地

四国霊場 第75番札所 善通寺:弘法大師生誕の地

基本情報

名称

五岳山 誕生院 善通寺

名称(読み)

ごがくざん たんじょういん ぜんつうじ

本尊

薬師如来

駐車場

あり(有料)

宿坊

あり

 

弘法大師生誕の地としても知られる75番札所 善通寺(ぜんつうじ)は、和歌山県の高野山、京都府の東寺とともに弘法大師三大霊場にも数えられます。

 

弘法大師は遣唐使として中国に留学をしました。帰国後、真言密教の道場として寺を建立し、寺名は父親の善通(よしみち)に由来します。広い境内には見どころや弘法大師の縁の地が多く、全国から参拝者が訪れます。

 

 

善通寺の見どころ
・東院と西院
・五重塔
・御影堂(みえどう)
 
総面積4万5000平方mの敷地は東院と西院の2つに分けられています。東院は伽藍(がらん)と称され、金堂(本堂)や五重塔などがあり、寺院としての機能を持ちます。一方、西院は誕生院と称され、弘法大師が生まれた佐伯家の邸宅跡に当たります。

 

境内の五重塔の高さは45mで、善通寺市のシンボル的な存在です。創建以来、幾度となく倒壊・焼失を経験しましたが、何度も再建されました。現在の塔は1902年に完成したものです。

 

善通寺の広い境内の中で、御影堂が弘法大師の生誕の地をピンポイントで示します。御影堂の地下には真っ暗な89m通路を歩く「戒壇めぐり」があり、大師生誕の地のパワーを感じることができます。

 

また、御影堂には大師の自画像と伝わる瞬目大師像(めひきだいしぞう)がありますが、50年に一度公開される貴重なものです。

 

 

弘法大師とは
空海こと、弘法大師は四国八十八ヶ所の開祖であり、真言宗の開祖でもあります。奈良時代774年に善通寺市で生まれた弘法大師は幼い時から才能を発揮し、エリートコースを歩んでいました。

 

官僚として都で働くために京都で勉強を始めましたが、世の中のために必要なことは勉強できていないことに気づきます。そこで、仏教に興味を持ち宇宙の真理を追究するようになったのです。

 

弘法大師は、お経の勉強に加えて自然の中で厳しい修行をしました。徳島県の太龍山や高知県の室戸岬で修業をしたとされます。

 

そして、密教という最新の仏教に出会います。密教を人々に伝授するため、遣唐使として中国に渡り、密教の伝承者として認められました。

 

普通、最新の仏教を日本人が簡単に受け継ぐことはできません。しかし、弘法大師は日本での予習に加え、たぐいまれなる才能の持ち主であったので僅か2年で帰国することができました。

 

帰国後は持ち帰った密教を真言宗という体系まで高め、高野山から日本中へ発信しました。また、人々のために行った数々の行いが伝説として残ります。

 

弘法大師がこの世を去っても、多くの人を魅了するのです。

 

 

札所の歴史
大同2年(807年)唐から帰国した弘法大師は、自身の生まれ故郷に真言密教の道場をけんせつしたのが始まりです。

 

 

本尊
本尊は寺の中心的な仏様で本堂に祀られています。龍光寺では薬師如来が本尊として祀られています。

 

 

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